文芸編集志望の若手社員・那波田空也が異動を命じられたのは
"税金対策"部署と揶揄される「ザ・拳」編集部。
空也が編集長に命じられて足を踏み入れた「くさくてうるさい」ボクシングジム。
そこで見たのは、派手な人気もなく、金にも名誉にも遠い、
死が常にそこに横たわる過酷なスポーツに打ち込む同世代のボクサーたちだった。
彼らが自らの拳でつかみ取ろうとするものはいったいなんなのか――。
直木賞受賞作『対岸の彼女』、
テレビ化・映画化で一大ブームを巻き起こした『八日目の蝉』など
特にアラサー、アラフォー女性の圧倒的な共感を呼ぶヒット作を連発してきた角田氏が、
これまでずっと書いてみたかったという「男の人」と躍動感ある「動き」を、
「私がもっとも美しいと思うスポーツ」ボクシングを通して描いた傑作長篇小説。
鍛え上げられた肉体、拳のスピードと重さ、飛び散る血と汗……。
自らもボクシングジムに10年以上通い続ける著者ならではの
パワー溢れる描写に圧倒されるとともに、
時代を超えた青春小説としても長く読み継がれるであろう、新たな角田文学!
たまたまジムにまぎれこんだ男が、練習して練習して練習しなければ強くなれない、
金にもならず、命すら奪われかねない過酷な世界にのめり込む。
人はおもしろい試合を見てしまうと、夢中に、暑苦しくならずにはいられない。
そこは世のうつろいと無縁の時がとまった世界。
まばゆい光の下で突き上げられた拳は、いったい何を掴むのか。
たたみかけるようにパワフルに、ボクシングそのものを描ききった傑作長篇。
小さくアットホームなジムを主舞台に、ボクシング雑誌担当に左遷された空也の目から、
マイナースポーツとしてのプロボクシングの世界とそれに関わる人たちを描きます。
日本ランカー戦、新人王戦がまぶしいくらいの普通のプロ選手たちのお話。
ストーリー自体は伏線も派手な出来事もなく、淡々と進みます。
ボクシング場面は流石の躍動感。ボクシングに疎くても伝わるものがあります。
これまでのボクシング小説や漫画では主人公にあっさり負ける、やられる側の物語。
だからこそ、空也の目線からすくい上げられる微妙な気配の描写が重要です。
知り合いが勝った時の高揚感。直前の焦り。試合後のあっけない日常感。
負けた選手の喪失感。自分への負け惜しみ。やめるのかやめないのか煮え切らない感じ。
紹介文からイメージしたストーリーにならない不満と期待が裏切られそうな不安が。
でも終盤に至り、いつの間にか空也の言動や感じ方がどんどん心に伝わってきました。
何か凄い事があるわけでも心を打つ言葉を言っているわけでもないのに、いい感じに変化。
そしてラスト前でボクサーの闘っている気持ちを描き、ラストの対決に挑んでいく。
そこまでに至るストーリーの流れの中で前半の地味な展開の理由が改めてわかってきます。
人生ってドラマチックでなく平凡の繰り返し、でも少しずつ動いているんだよなぁと。
空也の感じる範囲でしか登場人物の気持ちを味わえない仕掛け。終盤に効果が現れます。
生きることに汲々としてきた空也が、ボクシングを通じて次第に他人と関わるようになる。
凡庸になりそうな話を、見事にドラマ性を極力排しリアルっぽい流れにしているのです。
新聞連載小説で、これだけ変化やイベントが少なくていいものなのかな?と思いつつ、
このラストのために一年前後、語り続けてきたことが新聞連載小説の醍醐味なのかも。
「空の拳」角田光代さんの既存とは違う作品を堂々と描き切った心地良さの残る青春小説。

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「空の拳」角田光代
いつかボクシングの話を書きたかったのでしょう。
残念ながら百田尚樹のボクシング小説の名作「ボックス!」には遠く及びませんが、
それなりに面白かったとは思いますね。