「喫茶店」で巻き起こる数々の奇跡、退職を決意したあの日のこと、
「青春」の部屋の直筆間取り図、デビュー前のふたりの恩人、偏愛する本や映画に音楽、
「干支」に怯える日々、恐るべき料理、封印された「小説」のアイディア―
20世紀「最後」の「新人作家」が歩んできた10年。
目次・幾つもの映像や文章に影響を受け、そして現在/キャラメルコーン/
ハードボイルド作家が人を救う話/健康療法マニア/アメリカンコーヒーゲーム/
B型とセガールとヨーグルト/映画館は平和だ/言葉の壁/自由な席/ごきげんよう〔ほか〕
独特の伊坂ワールドで多くのファンを惹きつけてきた伊坂幸太郎さんの初エッセイ集。
2000年にデビューしてから2010年までの10年間をつづっています。
巻末に必ず参考文献等を記す姿勢も好きで読みましたが、期待通りの本でした。
10年に渡る折々の生の思いを充分に堪能させてもらいました。
文面には「特別な経歴や特技もありません」「むしろ出不精なほう」「もともと、
こぢんまりとした生活が好きで暗い性格」「エッセイが得意ではありません」などと
書かれていますが、なかなかどうして、エッセイでもファンを魅了する内容。
どことなく浮遊感があり、人を喰ったような伊坂テイストは健在です。
エッセイは創造した物語ではなく実際に見聞きし、体験した事への想いを綴るもの。
そこに作者の本性や人間性が垣間見えるところが最高に魅力的だと思います。
この本でそんな伊坂幸太郎さんの人となり、考え方感じ方などに触れる事ができます。
さすがに抱腹絶倒ではないけれど、なぜか読み進めたくなる魅力に溢れています。
突飛な殺し屋や超能力の登場しない伊坂幸太郎さんの日常は、いたって平穏。
健康療法マニアの父、仕事を依頼する編集者、妻や友人、仙台の町で出会う人々。
そんな周囲の人とのやりとりは、一見、とても平凡そうに見えます。
けれども伊坂幸太郎さんの素の文章を通して語られる、それらの人たちは、
読み進めていくうちに、いつの間にか魅力的に写るようになっています。
そうした人たちとの平凡な日常が、とてもかけがえのないものに思えてくるのです。
好きな本(作家)や音楽(アーティスト)、映画について語る際の幸福そうな言葉、
日常のなかに本当に小さな奇跡を見つけたときの嬉しそうな言葉は、
伊坂幸太郎さんの小説の読者が思い描く、伊坂幸太郎という人の人柄と人物像に、
わずかな意外性と大きな納得感とともに、くっきりとした輪郭を与えてくれます。
本は大江健三郎さんの『叫び声』、打海文三さんの『ぼくが愛したゴウスト』とか。
読んでみたい、見てみたい、聴いてみたい作品をたくさん見つけることができました。
仕事面では、「さすが」と思わせる伊坂幸太郎さん独自の観察眼や着眼点。
怯えながらも、ちゃんとオチがついている毎年年初の『干支エッセイ』。
今まで明かされなかった小説のアイデアや装丁を含めてその本ができるまでの逸話。
何よりも「自分はミステリー作家である」というスタンスで著作に臨む姿勢。
読者を大切に思い、今自分にできる最高のものを届けようという意思の強さ。
読者の反応を常に気にしている様子にプロの作家魂を見せられた気がします。
本文全てに「脚注」があり、丁寧な説明とその時の感情や回想が添えられています。
書いた時と現在の時間差を埋め、なるべく正確に伝えたい気持ちが込められていて、
エッセイだからこそ自分の想いを読者と共感したいという情熱が伝わってきます。
「3652」作家伊坂幸太郎を育んだ10年間の歴史を読めるファン必読の一冊です。

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