著者初の時代小説
300年の時を超え、究極の恋物語がふたたび始まる。
愛し方も死に方も、自分で決める。
江戸時代、元禄期の大坂で実際に起きた、醤油屋の手代・徳兵衛と、
堂島新地の遊女・初の心中事件をもとに書かれた、
人形浄瑠璃の古典演目『曾根崎心中』の小説化に、角田光代が挑みました。
原作の世界を踏襲しながら、初の心情に重きを置き、
運命の恋に出会う女の高揚、苦しみ、切迫、その他すべての感情を、
細やかな心理描写で描ききり、新たな物語として昇華させました。
運命の恋をまっとうする男女の生きざまは、
時代を超えて、美しく残酷に、立ち上がる―
この物語は、いまふたたび、わたしたちの心を掻きたてます。
これが恋か。初は思った。これが、恋か。
ほほえみながら、泣きながら、高笑いしながら、
物思いにふけりながら、不安に顔をゆがめながら、
嫉妬に胸を焦がしながら、記憶に指先まで浸りながら、
幾度も幾度も、思った。
これが、これが、これが、恋。
(本文より)
元は約300年前の元禄時代。大坂での心中事件を近松門左衛門が人形浄瑠璃に。
その脚本を直木賞作家・角田光代さんが翻案して小説にしたものです。
遊女、お初の語り口で元禄の浮世に彼女が夢見た儚い数日を描きます。
「曾根崎心中」という演題は知ってましたが、内容は全く知りませんでした。
そんな状態でこの本を読んだので、全く新しい小説を読んだ様な感覚です。
堂島新地の遊女・お初と醤油屋の手代・徳兵衛は初めて会った一瞬で恋に落ちます。
恋なんてしないと決めていたのに徳兵衛と出会い、その恋に身を焦がしていくお初。
哀しい境遇ゆえに、この恋に身を捧げたいと願うお初の純情さが胸を打ちます。
遊女と客の間に恋愛が許されるはずもない元禄時代に出会った運命的な二人。
徳兵衛が騙されて行き詰まると二人は究極の選択である心中へと突っ走るのです。
既読作で、近松門左衛門の人情ものの雰囲気は理解しているつもりです。
でも浄瑠璃ではここまで主人公、お初の心情を表現できないだろうなと感じました。
浄瑠璃の場合、主人公の心情は見る観衆の受け止め方に委ねられているのです。
この本では展開するストーリーの中心、お初の気持ちの動きが実によく伝わってきます。
角田光代さんの受け止めたお初の心情ですが、私はとても理解できました。
恋に狂っていく女の哀しさと切なさ、でもどこか醒めている諦念がすごい熱量です。
閉じ込められた世界でしか生きられない遊女の切ない気持ちがよく理解できます。
あの時代の閉ざされた世界に住む女性だからこそ、かなわぬ想いをかなえたいという夢。
その夢は外の世界であり、そこへ誘ってくれる男性だったのでしょう。
人魂が誘う曾根崎の森への道行は、彼女たちの終着点として受け止めざるを得ないです。
悲しい物語の筈なのですが、そう感じさせない明るさがあります。
それは死にゆく二人にとっては夢の世界への道行以外の何物でもないからでしょう。
こうした形で江戸の文学を改めて知ることができたのは、楽しい驚きでした。
「曾根崎心中」角田光代さんの、圧倒的筆力で作者の感性が響いてくる小説です。
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「曾根崎心中」角田光代
作者の解釈はラストに集約されていますね。
カバーデザインと相まって、微笑ましくも怖いね・・・