内田篤人
1988年3月27日うまれ。静岡県函南町出身。サッカー日本代表・不動の右サイドバック。
清水東高校から2006年・鹿島アントラーズに入団。一年目からレギュラーに定着し、
リーグ3連覇を達成するなど、数々のタイトルを獲得。2010年にドイツの
名門「シャルケ04」へ移籍し、チャンピオンズリーグベスト4、ドイツカップ優勝を
達成するなど欧州の舞台で活躍し続けている。
南アフリカワールドカップで絶望を味わった。
4年間、その苦しみを心のどこかに抱えながら、
欧州でもがき続けた。内田篤人、戦いの記録。
<この写真集の4つのポイント>
1フルカラー352P
2内田篤人、待望の公式写真集。
3シャルケ04と日本代表での写真(主にピッチ上)がメイン。
4写真は著者自身がすべて目を通して、チェック。
19歳で日本代表に選出された内田篤人は、
南アフリカワールドカップ予選で右サイドバックのレギュラーとして
予選突破に貢献した。常勝アントラーズでも活躍を続け、
Jリーグ3連覇を達成する。その一方で、原因不明の吐き気に襲われるなど、
心身ともにギリギリの状態で毎日を過ごしていた。
むかえた南アフリカワールドカップ本大会直前。
内田は戦術的な理由で、レギュラーから外された。
今までベンチで試合をほとんど見た事がない内田は、
自分の身と気持ちを持て余した。
「ここから出たい」「自分がここにいる意味とは?」
毎朝、ホテルで起きるたびに自問した。
写真集には「2 ATSUTO UCHIDA FROM 29.06.2010」と
タイトルをつけた。2010年6月29日。
日本代表が、ベスト16でパラグアイに負けた日である。
その日からの約4年間、内田篤人は欧州でもがき続けた。
シャルケで奮闘し、チャンピオンズリーグでも結果を残した。
それは「ワールドカップに出るため」であるとか、
「忘れ物を取りに行くため」とか、
そんな誰もが思いつくような安易な理由ではない。
「1人のフットボーラーとして、ただただ成長したかった。
その先にワールドカップがあるのであれば、出てみたいし、
サッカー選手であるならば、出るべき大会だとは思っている。
ワールドカップに縁があるのか、ないのか。僕自身楽しみにしている」
この写真集は内田篤人、戦いの記録である。
文章は一切ありませんが、内田篤人さんのベストショットが満載です。
何度も見たくなる、永久保存版にしたい一冊です。
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「2 ATSUTO UCHIDA FROM 29.06.2010 Photographs selected by 内田篤人」内田篤人
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