『死神の精度』で活躍した「千葉」が8年ぶりに帰ってきました!
クールでちょっととぼけた死神を、今度は書き下ろし長編でお楽しみください。
死亡予定の人間と接触し1週間でその可否を判定する死神・千葉が登場する物語の第二弾。
前作は連作短編で、さまざまな人物とのエピソードを描きましたが今回は長編です。
今回のターゲットは人を殺す計画を立てていて、その相手にも別の死神が接触していました。
サイコパスに娘を誘拐・殺害された夫妻の復讐劇と、それを承知のサイコパスの支配ゲーム。
本来なら殺伐としたストーリーになるはずのものが死神・千葉を絡める事で変化します。
冒頭で復讐劇を企む夫妻の前にいきなり現れた千葉ですが、夫妻は受け入れてしまいます。
そこに不自然さがないのは、何の迷いもなく向き合う千葉の個性に信頼を置いたためかも。
前作同様、この死神・千葉のキャラクターが相変わらずいい味を出しています。
前作では脇役に徹して、傍観者として死んでいく人間を見ていた死神・千葉でしたが、
本作ではむしろ協力している形になり、前作までとは違ったアプローチが独特で読ませます。
千葉の生真面目な言動と通常の人の感覚とのピントのズレたやりとりが今回も笑えます。
夫の父親の思い出話、パスカルを初めとした哲学者たちの箴言などのエピソードを、
この物語のテーマに巧みに絡ませている語り口に伊坂幸太郎さんの手腕を感じます。
千葉のかみ合わない緩い答えとサイコパスを追いかける夫婦の逼迫感。緩急が効いています。
途中で本のタイトルの「浮力」に関する物理学的な説明を聴くことができて納得です。
少子高齢化社会のせいか「死神」の判定基準にこれまでの「可」・「見送り」だけでなく、
ほかに「執行延期」が設けられたという設定も、人間社会みたいで可笑しいし上手です。
死を怖れず異常に頭が切れるサイコパス。どんなラストにするのか予測出来ませんでした。
「浮力」と「執行延期」とがこの様に活きる結末も伊坂幸太郎さんの冴えを感じました。
エンターテイメントのサスペンスでありながら、現実離れした気楽に読めるファンタジー。
文学作品を感じさせる描写を見せながら、上品な落語のように読んで笑える会話。
それでいながら生きるために大切なメッセージを、知らず知らずのうちに読み取れます。
普通なら陰惨で殺伐とした物語を、ユーモア味を滲ませた、爽やかさと温かさを感じさせる、
生きる事の希望の物語へと転化させ変貌させた伊坂幸太郎さんの手腕が光る傑作と思います。
伊坂幸太郎さんの物語には作家としての挑戦が見えます。それがいつも楽しいから好きです。
「死神の浮力」伊坂幸太郎さんの作品はこうでないと!と思わせられるような一冊でした。

楽天からも購入できます。

「死神の浮力」伊坂幸太郎
まともなトラックバックは藍色さんが初めてでした。
私の記事と違って、本の内容がわかる真面目な記事に気後れしてます(^^ゞ