別れた妻が殺された。もし、あのとき離婚していなければ、私はまた遺族になるところだった。
東野圭吾にしか書けない圧倒的な密度と、深い思索に裏付けられた予想もつかない展開。
私たちはまた、答えの出ない問いに立ち尽くす。
東野圭吾さんの長編小説です。いつも通りの読みやすさはもちろんのことですが、
東野圭吾さんならではの苦味、スピード感に加えて、今回はより丁寧に描いている印象です。
今回の作品のテーマが死刑ということもあり、時々ページをめくる手が止まりました。
死刑制度がテーマだとほとんど推進論か廃止論かのどちらかに偏るのではないかと思います。
この本の宣伝「死刑は無力だ」から一見、死刑廃止論に偏っているのではと思われそうです。
また結末から、一貫性がないとか結論から逃げたいう風に感じた方もいそうな気がします。
でも私はこの本は、最後まで偏ることがないよう大変に慎重に書かれていると感じました。
死刑制度の是非、被害者、加害者其々の視点、懲役は刑罰か更正かそれとも無駄か。
もしも自分だったらとか、家族だったらとか、色々考えながら読み進めて行きました。
陰惨なニュースの痛ましさに、普段私たちが安易に極刑を考えたりもしていることに対して、
それはそんなに簡単な話なのか、と疑問を呈してくれているとも思います。また、
現実離れしたところでしているような議論にも、疑問を呈していると思います。
出口の見えない重いテーマを一気に読める作品に仕上げるのは流石に東野圭吾さん。
エンタメとして割り切り、結論を決めてどちらかに偏って書く方がよほど簡単だと思います。
東野さんは簡単に済ませられないということ自体を伝えようとしているような気がします。
この本に登場する女性の執筆する文章の空白はそのことを示していると思いました。
また、万引きの話で人それぞれ事情が異なることを書いているのは、抽象的に類型化したり
場合分けしたりして罰を決めることは不可能だろうということを示していると思いました。
刑罰って何なのか、罰は与えられたら終わりなのか、罪を償うって何なのか。
そして更に突き詰めれば、命って何なのか、生とは、死とは何なのかに行き着きます。
最後の方に出てくる蛇の話は、生と死というところまでの疑問を投げ掛けているようです。
この世に犯罪がなくなる事はないと思うけど殺人は理不尽。やりきりないし許せないもの。
犯人に対する憎しみは、死刑であっても無期懲役であっても一生消える事はないと思います。
簡単に結論を出せる事ではないので悩む場面が多かったです。読後、深く余韻が残りました。
「虚ろな十字架」東野圭吾さんの重すぎる問題提起を丁寧に描いて悩まされる作品でした。

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「虚ろな十字架」東野圭吾
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